03/07/2026 Bacaan 6 Minit

AI時代の「人間であることの証明」— 東京大学・松尾豊教授が語るWorldとの提携と、その先にある未来

東京大学 大学院工学系研究科 松尾豊教授インタビュー

AI戦略会議 座長、人工知能戦略専門調査会 座長、国連AI国際科学パネル メンバー。長年にわたりAI研究の最前線に立ってきた松尾教授が所属する東京大学は、2026年4月、WorldのAMPC(Anonymized Multi-Party Computation)ネットワークにおける日本のAMPCノードとして参画した。AI時代における「Proof of Human(人間であることの証明)」の学術的意義、そして今後の社会への期待について聞いた。

■ Worldとの出会い——「まさにSFのような話だと思った」

―― まず、WorldおよびTools for Humanityとの出会いについて教えてください。

最初にお会いしたのは、約1年半前です。CEOのアレックス・ブラニア(Alex Blania)さんから聞いた構想は、「人間とAIの区別がつかなくなる未来に、人間であることを証明する手段をつくる」というもの。SFのようでありながら本質を突いた、極めて先進的な発想だと感じました。

その後、2024年9月にアレックスさんが初めて来日された際に、松尾研究室でディスカッションする機会をいただきました。人類の未来やAIの進展に関しての意見が一致し、大変盛り上がった記憶がありまして、構想の先進性をあらためて実感しました。

■ 日本のAMPCノード参加を決めた理由——「JUNETのときの先生方と同じ気持ち」

―― AMPCの日本ノードとしての提携に踏み切った決断の背景には何がありましたか?

その後、実際にAMPCの話が持ち上がった際に、村井純先生のお名前が頭に浮かびました。私は村井先生を敬愛しておりますが、村井先生は昔1980年代に「JUNET」と呼ばれる、慶應義塾大学と東京工業大学、そして東京大学をつないだ日本初のネットワークを立ち上げ、「インターネットの父」と呼ばれる方です。この「JUNET」という取り組みは、日本のインターネットの先駆けとなって、世界のインターネットにつながっていきました。

世界を変える技術の、その日本における拠点を担うことは非常に名誉なことだと思いまして、Worldが掲げる「Proof of Human(人間であることの証明)」は、新しい時代のインターネットを支える基盤になり得る。その分散コンピューティングのノードの一つを私の研究室と東京大学が担う意義は大きいと考え、連携を決めました。

■ 「Proof of Human」の学術的意義——「安心して使えない時代が来る」

―― AI時代における「Proof of Human(人間であることの証明)」の学術的な意義とは何でしょうか?

生成AIの進展を受けて、すでに多くの方が実感し始めているかもしれませんが、画面の向こう、メールやメッセージの向こうにいるのが、人間なのかAIなのか、その区別がつかなくなってきています。

AIエージェントの技術はさらに進んでいます。メールを書いているのも、ビデオ通話で話している相手も、人間ではなくAIかもしれない。そうした時代に、私たちはどう対処すべきか。

アレックスさんが最初に挙げた例は、ベーシックインカムです。ベーシックインカムというのは本来は人に配るべきもので、配る先がAIだったら困りますよね。AIを活用してベーシックインカムを沢山受け取ろうと企む人が現れたら仕組みは破綻してしまいます。だからこそ、相手が本当に人間かを確かめる技術が必要になる。私もこの問題意識に強く共感しました。

しかし、その「証明」は簡単ではありません。例えば昔はチューリングテストというものがありましたが、受け答えだけで人間かどうか分かる時代は終わりました。キャプチャのようなものも、もう通用しなくなったわけです。これからは、複数の要素を組み合わせて総合的に人間性を判断する仕組みが不可欠になってくる。こういった技術が様々な情報システムの基盤になっていくため、この技術なしには社会の基盤を安心して使えない時代が来る、ということです。

■ AIのリスクとは何か——「連鎖するハルシネーション」と「人間であることを証明するグローバルな仕組みの必要性」

―― AIの急速な進化の中で、具体的にどういったリスクを見ていますか?

生成AIには、以前から「ハルシネーション」の問題があります。近年かなり改善されましたが、厄介なのは文献引用です。存在しない文献を挙げるだけなら見抜くことができますが、問題は、引用元の文献そのものが捏造されている場合です。一段たどっても「確かにそう書いてある」と答えるため、見分けがつかなくなる。

AIが高度化するほど、あるエージェントが別のエージェントを参照し、「これはあのエージェントの情報だ」と運んでくる。ところが、その参照元自体が誤っている。こうした誤りの連鎖が、これから至るところで起きるでしょう。

例えば「上司の指示でこう動いています」と言われても、実はたどってみれば嘘だった、ということもあるかもしれない。そうしたときに、本当に指示をしているのが人間なのかどうかというのは非常に重要になってくると思います。こうした技術がなければ、詐欺や偽情報が横行し、社会そのものが立ち行かなくなってしまう。

それからもう一つ重要な点があります。国内に閉じれば、マイナンバーカードのように個人を一人の人に紐付けるということはできます。しかし、インターネットもAIもグローバルに接続されている以上、どの国のAIが人間を装っているのかはわからない。そうすると、ある一つの国だけの仕組みに立脚して作るというのは、これはこれで危険なわけです。グローバルに共通して、一人のユニークな人間であることを確認できる仕組みがないと安全に使えないということになります。そういう意味でも、こうしたProof of Humanという構想の重要性はあると思います。

■ 今後の期待——「日本にはあったよね、と言われるようになってほしい」

―― 今後のWorldとの取り組みに期待していることを聞かせてください。東京大学としてはどういったお力添えができると思われますか?

冒頭にJUNETのような気持ちですということを申し上げました。Worldのような基盤がどんどん広がっていって、AIの進展とともに人々の生活や仕事の中に埋め込まれ「こういう技術があるからこそ安心して使えるよね」と言われる。

そんな未来の最初期に、Worldと東京大学の取り組みが日本にはあったよねと言われるようになるといいなと思っています。

まさにJUNETを立ち上げた先生方と同じような気持ちで、この取り組みを進めていきたいと思っています。

松尾豊(まつお ゆたか)

東京大学 大学院工学系研究科 教授。専門は人工知能・深層学習・生成AI。AI戦略会議 座長、人工知能戦略専門調査会 座長、日本成長戦略会議 有識者構成員、国連AI国際科学パネル メンバーを務める。2026年4月、東京大学はWorldのAMPCネットワークにおける日本のAMPCノードとして参画。

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